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断捨離をキッカケに生きづらさから抜け出した「あや」さん

あや

2026年6月21日

「削って尖って星になる、引き算思考のライフデザイン」

こんにちは。あやです。

「削って尖って星になる、引き算思考のライフデザイン」について、インターネット上で発信活動をしています。

今回、ばなうたさんのHPに記事掲載の機会をいただきました。

本当にうれしい限りです。ぽこさん、ありがとうございます。

 

私の記事は、こんな方に届けたくて書いています。

 

・発達障害など何らかの生きづらさ要因を抱えている

・いつも他人と比較してしまい自分に自信が持てない

・日々の生活で何となくもやもやする

・もっと自分らしく楽しく人生を生きたい

 

少しでも心当たりがあったら、続きを読んでいただけると嬉しいです。

 

でこぼこだらけの私

 

私はASD・ADHD・吃音という3つの発達障害特性を持つ30代会社員です。

 

ASD(自閉スペクトラム症)

・同時並行処理(マルチタスク)が苦手

・臨機応変な対応が苦手

・興味関心の偏り

・共感性が低い(雑談や情緒的なやりとりが苦手)

 

ADHD(注意欠如多動性障害)

・うっかりミスや物忘れが多い(作業記憶が弱い)

・思考があちこちに飛ぶ(マインドワンダリングが激しい)

 

吃音

・話す時に言葉がどもる症状

・私の場合は言葉の出だしが出にくい「難発」の症状が強め

 

「劣」のフル装備。でこぼこの詰め合わせ。

なかなかこの世で生きていきにくい仕様です。

 

でこぼこな私のこれまで

 

30年余りの人生、自分自身の厄介な特性と悪戦苦闘しながら、四苦八苦と生きてきました。

 

・小学校は学校に馴染めず登校拒否

・高校時代はクラスの落ちこぼれかつ友達ゼロ

・大学時代のアルバイトは凡ミス連発で何一つ続かない

・就活面接では自分の名前がどもって言えない

・新卒でコネ入社した職場は吃音がネックになり一年足らずで退職

・転職し、現職の一般企業の障害者採用で就労

 

とりあえず無事に就職できて一安心したのもつかの間でした。

現職の事務職の業務内容は思った以上にマルチタスクが求められるうえに、細かさや丁寧さが評価される仕事だったのです。

私は一つのことへの集中力は高いものの、複数のことを同時にそつなくこなすことは大の苦手。

でこぼこ特性が悪目立ちし、どれほど気を付けても頑張っても人並み以下の成果しか出せず、自信を持てない日々が続きました。

 

なぜこんなに頑張っているのに報われないのだろう。

なぜ努力しても人並み以下にしかなれないのだろう。

私は世間でいうところの「負け組」なんだろうか。

この冴えない日々があと何十年も続くんだろうか。

 

常にイライラ・モヤモヤ・ギスギス。

朝起きれば薄靄がかかったような憂鬱感。

夜は延々と反芻が止まらない。

夢見も最悪で、自分の怒鳴り声で目を覚ます。

自分も許せないし、他人も大嫌い。

何をやってもどれほど努力しても、発達障害に足を引っ張られる。

腹立たしい。憎くて仕方ない。いいことなんて何もない。

産んでくれた親には何とも失礼な言い方ですが、「生まれてきてしまったから仕方なく生きている」状態でした。

「このままの人生が続くなら、今日死んでも50年後に死んでも同じ。どうでもいい。」

そんなことを本気で思っていました。

 

一日一捨で価値観が逆転

 

お先真っ暗の日々を変えるきっかけになったのは、意外なことに「片付け」でした。

2023年の年末の大掃除をきっかけに、「捨て活」に目覚めたのです。

最初は、「常にモノを適量に保って生活すれば、毎年年末の寒くて忙しい時期に大掃除する必要もなくなる」という現実的な理由からでした。

そして、2024年の年明けから「一日一捨」の習慣を始めました。

「一日最低一つ不要なモノを捨てる」というシンプルなルールですが、毎日黙々と続けてみたところ思わぬ変化がありました。

 

まず、部屋中の不要なモノを次々と捨てていくと、生活空間が整い、頭も心もすっきりと身軽になっていきました。

視界に入るモノの量が減ったことで脳への負荷が減り、発達障害特有の脳疲労の困った症状が軽くなりました。

過去を思い出させるモノがなくなったことで反芻が減り、情緒が安定していきました。

モノの選択肢が減ったことで生活動線がシンプルになり、先延ばし癖が改善されました。

生活に必要なモノの量を把握できるようになったことで、闇雲な経済的不安が消えていきました。

 

これだけでも十分すごいのですが、捨て活の効果は単なる生活改善にとどまりませんでした。

目に見えるモノの取捨選択・要不要の判断を繰り返し、余白が増えることの喜びを味わううちに、私の中で徐々に「引き算思考」が鍛えられていきました。

すると、目に見えるモノだけでなく、目に見えないノイズをキャッチする感性までもが育っていったのです。

目に見えないノイズとは、自分が無意識に抱えている過剰な情報・無駄な時間・余計な思考のこと。

ニュース、SNS、過去の失敗、未来への不安、他人への妬み、自分の粗探し、一般論や世間体、「こうあるべき」という思い込み…。

知らず知らずに自分の人生を埋め尽くしていた、こうした非物理的なゴミの存在に気づき、一つ一つ手放し始めることができたのです。

 

「引き算思考」の可能性

 

次々と不要なものを手放す過程の中で、私は確信しました。

 

「生きやすさは、引き算でつくれる。」

 

私たちは生きていく中で、知らず知らずのうちに、余白を奪い人生を圧迫する「ノイズ」を抱え込んでしまっている。

それは、本当は欲しくもないモノだけじゃなく、絶え間なく流れ込んでくる情報や、自分を縛る価値観や思い込みでもある。

外側の基準に合わせて自分らしくないものを取り入れて溜め込み続けた結果、本来唯一無二であるはずの自分らしさが埋もれてしまっている。

生きやすさを手に入れるためには、無いものねだりの足し算思考をいったん手放して、引き算思考に切り替えること、

つまり、「不要なものを一つ一つ手放して、埋もれていた本来の自分を掘り起こすこと」が必要なのではないか。

 

それまでの私は、でこぼこの自分に欠けているものを埋めるための努力に躍起になっていました。

できないなりに、できないからこそ、何でも真剣に取り組み、

頭が悪いなりに必死に勉強して何とか公立大学に入り、

バイトやサークルなど、やっておいたほうがいいと言われていることに精を出し、

就職後は資格を取りまくったり、苦手な事務作業の克服に躍起になったり、

「ハンデがあるのだから頑張らないと生きていけない」と自分に鞭を打って走らせ続けていました。

そして、年齢を重ねるにつれて、どんどん不機嫌に、不幸になっていきました。

 

だけど、ようやく気が付いたのです。

 

もしかして、「頑張っているのにうまくいかない」のではなく、「間違った方向に頑張っているからうまくいかない」のではないか。

 

人より劣っている部分・まだ手に入れていないものだけに注目して、でこぼこを埋めようとしているから、いつまでたっても満たされないのではないか。

 

このままでこぼこ特性を抱えながら「普通」にしがみついて頑張り続けても、燻って消耗して、人生に萎えたまま死んでいくだけなのは明らか。

 

ならいっそ、「普通」への執着を捨てて、自分らしくないものを全て手放して、その結果残ったもので勝負してみたら?

 

つまり、発達障害特有の「劣」「苦手」「できない」を乗り越えるのを諦めて、今まで散々悩まされてきた発達障害の特性を逆に活かす方向を選んでみたら?

 

余計なものを削り落として、強みを研いで磨いて尖らせたら、持って生まれた才能を活かして社会に還元できるのではないか。

 

「でこぼこだけど頑張って生きてる」のではなく、「でこぼこだからこそ楽しめる世界もある」のではないか。

 

そう思った私は、試しに生き方を180度変えてみることにしました。

 

「削って尖って星になる」という道

 

一日一捨をきっかけに「引き算思考」の可能性に気づいてから、私は「削って尖って星になる」ことを目指して試行錯誤を繰り返してきました。

 

「削って尖って星になる」は、私の理想とする価値観を一言で表現するキャッチフレーズ。

 

自分らしさを阻むあらゆるノイズを捨てて、埋もれていた本来の個性を掘り起こし、唯一無二の自分を生きることで自分も周囲も幸福にすること。

 

そのために私は、やれることはすべて実践してきました。

自分の人生を使った実験です。

 

部屋の中の不要なモノをすべて捨てて、心身の健康と生活環境を整えました。

余計な情報を断ち、「今ここにいる自分」への集中力を取り戻しました。

「苦手を克服」への執着を捨て、「得意を磨く」ことに時間とエネルギーを注いでみました。

今まで握りしめていた価値観や思い込みと向き合い、考え方を変えるだけでなく、具体的な行動を通して一つ一つ手放していきました。

 

そして私は今、「引き算思考」に目覚める前よりもずっと身軽に・自由に・幸せに毎日を生きています。

 

言いたいことが言える。

好きなことに没頭できる。

自分が何に向いているのかわかる。

自分が自分に生まれたことを、以前よりも楽しめている。

 

もちろんすべての悩みから解放されてわけではなく、まだまだ実験は道半ばです。

理想は、持って生まれたでこぼこ特性をもっともっと乗りこなして、使い倒して、味わい尽くすこと。

そして、その過程を発信し続けることで、以前の私のように行き詰まっている他の誰かを、「削って尖って星になる」実験に巻き込むこと。

 

私は、人はみんな「宝石の原石」だと信じています。

そして生きづらさを抱えている人は、ひときわでこぼこした、いびつな形の原石なのかもしれません。

そのでこぼこを埋めるためだけに必死になっていませんか?

欠けているもの・足りないものばかりに目を向けていませんか?

試しに、今握りしめている何かを一つでいいから、手放してみませんか?

「完璧な丸になる」努力を、「原石を磨き込む」試みに変えてみませんか?

 

「ありのまま」「自分らしく」という言葉が流行って久しいけれど、自分らしさは一朝一夕では取り戻せないと私は思っています。

自分軸は鍛えないと強くならない。

自分自身に還るには、具体的な行動と、ある程度の根気が必要です。

私も含めて多くの人は、生きていくうえで無意識に他人軸の価値観を浴び続け、外側から刷り込まれた思い込みでぶくぶくに着ぶくれた状態になっているからです。

ガラクタに埋もれている本来の自分を掘り起こすために、一つ一つのノイズに気づき、自分の意志で手放していく必要があるのです。

思考や感情はコントロールするのが難しいです。

けれど、行動は自分の意志でコントロールできます。

小さな「生きやすさ」は今ここから、自分の手で作れるのです。

 

今、もやもやしている皆さん、一緒に星を目指してみませんか?

私たちはもっと、自分が自分に生まれたことを楽しんでもいい。

というか、人生ってそのためにあると私は思うんです。

 

今後の記事では、でこぼこな私が生きやすさを追求する「削って尖って星になる、引き算のライフデザイン」について発信する予定です。

皆さんが少しでも自分らしく生きるヒントを拾ってくだされば幸いです。


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